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ニート式戦略思考

高卒ニートによる人生戦略論

義務教育の主要科目は芸術と体育にすべき

義務教育の主要科目は数学、国語、社会、理科である。

私はこの現状に大変うんざりしている。

普通に考えてほしい。

なぜ数学や古文、歴史や物理といったマニアックな勉強を国民全員に強要する必要があるのだろうか?

 

何もそれらの科目の勉強が無意味で不必要なものだといいたいわけではない。

より生きやすい世の中を作ってくれている科学者や研究者にはおおいに感謝しているし、直接恩恵を受けているわけではない古典学者や民俗学者のこともリスペクトしている。

ただ、ただだ。

それらの勉強、学習を国民全員が取り組む必要がどこにあるんだ?という話だ。

 

現在の学校教育のメインは上記の主要科目の知識の詰め込みにある。

おかしいのはここからだ。

教育課程で知識を暗記し、頭に情報を詰め込むことしかさせていない。

本当に教え、育てる気があるのかと私は問いたい。

学校教育を受けて得られるものは知識と「知識収集力」だけである。

他のスキル、能力に関しては何も得られない。何もだ。

日本の教育ではクイズ王しか育てることができない。

 

100人に1人くらいはクイズ王がいてもいいが、普通に考えればもっとバランスよく個々人の能力を引き出すべきだろう。

学年に一人くらいは天下の東京大学に合格するような、「知識収集力」に適正があり、勉強を苦にしないような人材もいる。

そういう人はそれでいい。

しかし、100人中99人はそうではない。

適正がない能力を無理に伸ばそうとせず、個々人に向いている能力を伸ばすべき。

非常に当然のことだ。

 

だからこそ私は主要科目を芸術と体育に置き換えることを提案したい。

家庭科や技術や保健を加えてもよいだろう。

理由は単純に現在の主要科目より人気が普遍的だからだ。

歴史の勉強より体育の授業を好む人が多く、数学の勉強より美術で絵を描く時間を好む人が多いのは明らかである。

マニアックな知識収集を全員に強要するより、適正がある人の割合が高く、それによって人気もある教育を施すべきだ。

 

そして逆にサブ科目として「旧」主要科目を挿し込めばよい。

そうすれば100人に1人のクイズ王が才能を目覚めさせる機会も与えられる。

現在の義務教育のシステムは効率が悪すぎる。